2006年11月30日

「コリア人」=「孤離亜人」

「韓国」や、「韓国人」を、「生理的」に受け付けないという人が増えている。

中には「韓国人が日本と対比して韓国について語ると吐き気を催す」として「精神科」に通院している「女性」もいるほどだ。

その女性がもしもこの記事を読んだなら、きっと更に症状を悪化させてしまうに違いない。

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(中央日報より)

「刀を研ぐ韓国」「淡々とした日本」…アジア競技大会に臨む姿勢

韓国・中国・日本選手団が28日、ドーハ・アジア競技大会が開催されるカタール・ドーハに到着した。 アジアスポーツのビック3でありライバルである極東3国はキャンプで大会の準備に取り組んでいるが、今大会に臨む姿勢はそれぞれ異なる。

◇刀を研ぐ韓国=韓国選手団からは今大会でも日本を抑えて総合2位になるという強い意志が感じられる。 アジア競技大会に死活がかかる不人気種目だけでなく、人気種目の選手も‘必勝’態勢だ。 サッカーのファーベーク監督や野球の金在搏(キム・ジェバック)監督は「必ず優勝する」と繰り返し強調している。 少なくとも日本、中国との‘極東ライバル戦’では、国民情緒上、敗北が許されないからだ。 韓国人は周辺列強の中国・日本が相手になると、いかなることでも勝とうとする。 アジア競技大会はスポーツにすぎないが、こうした韓国の伝統は続いている。さらに兵役を終えていない男子選手らは金メダルを獲得すれば優遇措置を受けるため、勝とうという意志は他国の選手に比べて強い。

 ◇代表選抜戦の中国=今回のアジア競技大会をテスト機会と見なしているようだ。 かつてアジア競技大会での勝利は中国国民の団結と中華思想の復活に大きく寄与したが、これよりもはるかに重要な08年北京オリンピック(五輪)を控えた今回の大会は性格が異なるしかない。 中国選手647人のうち主要国際大会に初めて出場する選手は400人にのぼる。 アテネ五輪で中国に金メダルをもたらした選手の相当数が不参加だ。 中国新華通信の記者は「従来の国家代表の代わりに若い選手らをアジア競技大会に出場させて能力を検証し、彼らを競争させた後、北京五輪に最高選手を送り込む考え」と説明した。

 ◇淡々とした日本=今回のアジア競技大会の一部の種目には精鋭メンバーが出場しない。 柔道の井上康生、谷亮子、女子テニスの杉山愛がそれぞれの理由で辞退した。 サッカーは08年北京五輪に出場するU−21(21歳以下)選手が出るが、ワイルドカードは使わなかった。日本時事通信の記者は「アジア競技大会でも好成績が出ればよいが、日本ではオリンピックや世界選手権などA級舞台で競争しなければならないという考え方が強い」と語った。 どうやっても中国には勝てないので敢えて背を向けているような感じもする。


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>韓国選手団からは今大会でも日本を抑えて総合2位になるという強い意志が感じられる。

>少なくとも日本、中国との‘極東ライバル戦’では、国民情緒上、敗北が許されないからだ。 韓国人は周辺列強の中国・日本が相手になると、いかなることでも勝とうとする

>(日本は)どうやっても中国には勝てないので敢えて背を向けているような感じもする。

どのように育って、どのように考えればこのような「異常」な考え方が出来るのか。自分は「韓国人」たちのこのような考え方を見ると、「異常さ」と「哀れさ」と「何とも言えない嫌悪感」しか感じないのですが、そのような自分の考え方についても「どうやっても韓国には勝てないので敢えて背を向けているような感じもする」と言うのでしょうか。

はっきり言って「日本人」の大半は、「中国人」の大半と同じで、「アジア大会」には興味を持っていないはずです。そこには「アジア」に対する「蔑視」や「軽視」も多少は含まれているでしょうが、「日本人」や、「中国人」の大半、いや「世界の人たち」の大半は、「韓国人」たちのように「四六時中力んで生活している」わけではありません。

自分はここ最近、週に5日は「外国人」の中で生活を送っています。そんな生活の中で「中国人」や、「イスラム教徒(一神教信者)」などについては、いままでの自分の認識が大きく歪んでいたことを実感しました。

その中でも「中国人」に対する認識は、特に大きな変貌を遂げています。「日本人と中国人は対話をし、親交を深めることが出来る」というのがいまの自分の考えです。「対中国人」の問題については、「中国共産党」と、「日本の媚中派(左巻き)」と、「相互文化の不理解」と、「中国人犯罪組織」の存在が弱まったり、無くなれば更に「関係」を深めていくことは可能でしょう。

しかし、「韓国人」は別です。「韓国人」でも「在日」の人たちには、何の「違和感」も無く付き合える人が多いのですが、「コリア半島系韓国人」に対しては、殆どの人に対して「違和感」を感じます。

その「違和感」の原因は「中央日報」の記事によく現れている気がします。

>少なくとも日本、中国との‘極東ライバル戦’では、国民情緒上、敗北が許されないからだ。 韓国人は周辺列強の中国・日本が相手になると、いかなることでも勝とうとする。 アジア競技大会はスポーツにすぎないが、こうした韓国の伝統は続いている。

「韓国人」たちは「日常」からこのような「感情」を「相対した人」たちに感じさせている。

そのような感じを抱いているのは「日本人」である自分だけではありません。「日本に在住している外国人」たちや、海外の「ネット」の「掲示板」などでも同じように感じている人たちの「意見」をよく見かけます。

「嫌韓流」が大ヒットしたとき、「日本人の嫌韓感情は差別心から出ている!」「日本の国内問題を韓国人にぶつけているだけだ!」「日本の右傾化の証明だ!」という人たちがいましたが、「日本人」の「韓国人」に対する「嫌悪感」とはそのようなものでも、昨日取り上げた「佐藤貴彦」さんが主張する「強迫性神経症」や「嫉妬妄想」でもなく、もっと「深いところ」に存在する「生物としての本能」にまで起因したものではないでしょうか。

仮に「韓国人」が「自然界」に存在していたら彼らは「群れ」で生活することは出来ないでしょう。「韓国人」はそんな自らのあり方を「誇り」に思う傾向がありますが、そのような「韓国人」たちと、「日本人」はこれからどのように付き合っていくのか。

実はそのことこそが「日本人」にとって、どんな国内問題よりも、一番厄介で、難しい問題かもしれません。

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[参考]

やっかいな隣人韓国の正体―なぜ「反日」なのに、日本に憧れるのか・呉 善花ほか(著)

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

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2006年11月29日

「平和主義マン」の正体は「ファシスト」だ

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「ようするに、ここで述べた精神疾患に共通するのは、次のようなプロセスである。まず深層において抑圧された自分自身の邪悪な欲望、そしてそれに対する罪悪感、そして最終的には他者への投射、あるいは置き換えによって自己の罪悪感に決着をつける、ということである。このようなプロセスは精神疾患にいたらないまでも、社会生活のさまざまな局面でも様々な形態をとって現れてくる。(略)

 すると・・・ここで言わんとするところは、もうおわかりだろうか。日本独特の平和主義には、これら強迫性神経症や嫉妬妄想の症状が面白いほどよく当てはまるのである。 すなわち、日本の平和主義に特徴的なのは観念優位(精神主義)である。そして非常に強い「不安」と「疑念」である。そしてさらに非常に強い「罪悪感」がそれに伴う。いちおう形の上では、すべての症状が出揃っている。

 平和主義における強い「不安」というのは、すでに述べた、日本が再び「軍国主義になるかもしれない」という不安である。しかし、そうした不安は、現在ではあまりにも現実性に乏しく、いささか滑稽なものとなった。そうすると、今度はそれにとって代わったように、従軍慰安婦をはじめとする「贖罪」の問題が一段と声高に叫ばれ始めたのである。 そこで、こうした日本の平和主義の一連の症状を、強迫神経症の症状と逐一照らし合わせて論じてみると、どうなるだろうか。それは次のようになるだろう。

すなわち「軍国主義になるかもしれない」という不安は自己の抑圧されたファッショ的性格の裏返しであり、自己の内部にあって自分では認めたくもない邪悪な性格を、いもしない架空の軍国主義者に投射して、それを非難していたにすぎないのだ、と」(佐藤貴彦)


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「佐藤」さんの言う、

「すなわち「軍国主義になるかもしれない」という不安は自己の抑圧されたファッショ的性格の裏返しであり、自己の内部にあって自分では認めたくもない邪悪な性格を、いもしない架空の軍国主義者に投射して、それを非難していたにすぎないのだ」

ということの意味は、このような「ニュース」を見るとよく分かるのではないでしょうか。

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(NHKニュースより)

麻生外務大臣の罷免要求などをめぐる民主党の国会対応について、国民新党の綿貫代表が「すべて尻切れとんぼで、ふがいない」と述べるなど、ほかの野党から不満が出ており、終盤国会に向けた野党間の連携に、影響が出ることも予想されます。
 民主党、共産党、社民党、それに国民新党の野党4党は、麻生外務大臣が、核保有をめぐる論議を容認する発言をしているのは見過ごせないとして、今月9日、麻生外務大臣の罷免を求める、安倍総理大臣あての申し入れ書を提出しましたが、政府は、罷免には応じられないとしています。

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「議論」をすることすら許さない「民主党」と、「共産党」と、「社民党」と、「国民新党」の「議員」たちが、「何事も議論することは大切だ」と主張した「麻生大臣」の「罷免」=「処刑」を要求している。

「野党議員」たちや、「左巻き」たちは、「麻生大臣」を「軍国主義者だ!」と非難していましたが、どちらが本当の「軍国主義者」なのか。

ここ最近の出来事を振り返って見れば、「民主党」や、「共産党」や、「社民党」や、「左巻き」や、「同和関係者」や、「在日コリア人」や、「特定アジア」は、

「つくる会の教科書を採択するな!」「靖国参拝をするな!」「日の丸・君が代を認めるな!」「憲法改悪反対!」「教育基本法改悪反対!」

という主張と共に、「脅迫」や、「嫌がらせ」や、「言論弾圧」や、「レッテル張り」などを繰り返してきました。

そしてその主張に付き物なのが「日本の右傾化が進んでいる!」「日本の軍国主義化が進んでいる!」というスローガンです。

しかし、「日本国内」のどこを探しても「金正日」や、「毛沢東」や、「ポル・ポト」や、「スターリン」や、「ヒトラー」のような人物は「彼ら自身」以外には見当たりません。

実際に「自民党」と「左巻き」を比べても、「自民党」は、「左巻き」のような「内ゲバ殺人」や、「糾弾会によって自殺に追い込む」ようなことは行っていません。

「自民党」と「左巻き」のどちらが「軍国主義者」なのかは明白だと思います。

「日本人」が「左巻き」のような「軍国主義者」「ファシスト」「エゴイスト」になってしまうことは非常に恐ろしいことですが、幸いなことにまだ「日本人」の多くは「人間性」を持った「人間」であるようです。

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(毎日新聞より)

毎日新聞は25、26日の世論調査で、自民党の中川昭一政調会長や麻生太郎外相らが提起した「核保有」議論についても尋ねた。

その結果、核保有自体には約8割が反対する一方、議論に対しては「核保有すべきでないが、議論はしてもよい」との回答が最多の61%にのぼり、容認派が多数を占めた。


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これからの「日本」の大きな「課題」は、「左巻き」のような「議論」すらも許さないような「ファシスト」をこれ以上作らないことです。

「佐藤」さんが指摘する「精神疾患者」たちの大半は「個人主義者」です。「国民」が「本当の平和」を望むのならば、「健全な左巻き」を育成すると共に、「欧米」のような「宗教」と「長い歴史と伝統」の上に成り立っている「個人主義」と、「日本」や、「特定アジア」のような「欠陥個人主義」は違うことについてよく考え、彼らをこれ以上支援しないことが大切です。

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[参考]

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

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2006年11月28日

自分の経営する会社に、他の会社の為に働く人がいたら「クビ」にするはず。では「売国工作員」はどうする?

「靖国参拝」や、「歴史教科書採択」や、「憲法改正」や、「竹島の日制定」などを巡っての「特定アジア」による「内政干渉」は、「主権国家」としては絶対に容認することが出来ないことですが、「特定アジア」による「内政干渉」に多くの「国民」たちが「怒り」をもった「日本国」が、「他国」に対して、同様か、それよりも「卑劣」な「内政干渉」を行っていたことを知っている「国民」はどれくらいいるのでしょうか。

しかも、「内閣」の存在を「無視」した形で。

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「台湾当局への申し入れについて」

1.29日、内田勝久・交流協会台北事務所長より、義仁「総統府」秘書長に対して、以下の我が国政府の立場を伝達した。

@台湾に関する我が国政府の立場は日中共同声明にあるとおりであり、我が国としては台湾を巡る問題が当事者間の話し合いを通じて平和的に解決されること、そのための対話が早期に再開されることを強く期待している。

Aしかし、最近の陳水扁「総統」による公民投票の実施や新憲法制定等の発言は、中台関係を従に緊張させる結果となっており、我が国としては、台湾海峡及びこの地域の平和と安定の観点から憂慮している。我が国としては、現在の状況が今後さらに悪化することは回避する必要があると考えており、陳「総統」が就任演説で行った「四つのノー、一つのない」を遵守され、この地域の平和と安定のため、慎重に対処していただくことを希望する


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この通達を行ったのは「外務省」です。「台湾」を巡る(中国共産党が絡んだ)問題については、「与野党」共に、「人」として信じられないような「非礼」な振舞い平気で行っている人たちをよく見かけますが、自分はこの「外務省」の通達を知ったときは、「日本人」として本当に「恥ずかしく」思いました。

「日本」の「政府機関」が、「他国」に対して「公民投票や新憲法制定を行うな!」と命令を行っていた。しかも、自らの意思ではなく、「中国共産党」からの命令で・・・。

もうここまでくると「恥ずかしい」だけではなく、「情けない」としか言えませんが、「中国共産党」からの命令で、通達を行ったということを考えると、「特定アジア」の行っている「内政干渉」よりも遥かに「恥ず」べきことでしょう。

「中嶋嶺雄」さんの解説によれば、「台湾」の人たちが最も「怒りに震えた」のは、「」(カッコ)付きの「総統府」や「総統」という言葉で、これは「台湾の総統府や総統は「正式」なものではありませんよ」という「台湾」の存在そのものに対する非常に非礼な「冒涜」に当たります。

「日本」はよく「外交」が下手だ、などと「批判」(嘲笑)されますが、その原因を突き詰めれば「公」が「日本の為」を徹底していないからでしょう。

同じことは「政治」や、「教育」や、「報道」や、「法曹界」や、「住人」たちにも言えることで、「日本」をよくする為に「国民」が行動を起こそうとすると、必ず「内部」から「妨害工作」を行う「売国工作員」が湧き出してきます。

「神の国発言」や、「えひめ丸捏造報道」などで「大バッシング」を受けた「森元総理」に対する「誹謗中傷」も、「台湾」との関係で「筋」を通そうとした「森元総理」を潰そうとした「中国共産党」と「日本の左巻き売国工作員」たちの「工作活動」であったことを知っている「国民」はどれだけいるのでしょうか。

昨日、「テロ集団」の「朝鮮総連」にやっと「捜査」のメスが入りました。この問題も「日本国内」に存在する「売国工作員」たちをもっと早く取り締まっていたならば、「捜査」を何十年も前に行え、多くの「被害者」たちを救うことが出来たはずです。

いま「日本」は次の「参議院議員選挙」の焦点が「自民党」VS「民主党」であるかのような「空気」が支配していますが、次の選挙の本当の構図は「国民」VS「売国奴」です。

「国」を、「国民」たちを売り渡す連中は、「政治家」であれ、「教師」であれ、「マスコミ」であれ、「法曹関係者」であれ絶対に許さない、そのような「国民」の決意が「日本」を救うのです。

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[参考]

中国暴発―なぜ日本のマスコミは真実を伝えないのか・中嶋 嶺雄ほか(著)

戦後60年の大ウソ -仕掛けられた国家衰亡の罠-・前野 徹(著)

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

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posted by スーパー原始人 at 08:26| Comment(1) | TrackBack(3) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月26日

「エゴ」と「敬意」

「子供たち」に「他人とどのように接するべきなのか」「国とどのように関わるべきなのか」を教える方法を巡って、現在「日本」では二つの「価値観」(一方はイデオロギーですが)による対立が生まれています。

一方は、「個人」を「最上位」に置くこのような考え方

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(レイバーネットより)

勇気もらった! 『君が代不起立』完成試写会開催される

11月22日、東京・中野ゼロ視聴覚ホールでドキュメンタリー映画『君が代不起立』(制作・ビデオプレス)の完成試写会が開催された。満席の100人が鑑賞した。スクリーンに再現された教員たちのたたかいに、共感の声が上がった。「根津さんの生きる姿勢・笑顔がすばらしい。勇気をもらってありがとう」アンケート37枚には熱い思いが寄せられた。これから本格的な上映運動がはじまる。

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「君が代不起立」(公に基づく)を認めるこのような「個人」を主体とした考え方は、「体育の授業拒否」や、「音楽の授業拒否」や、「給食費の支払い拒否」などの「自由」を認め、最終的にはあらゆる「公」が全く機能しなくなってしまうものなのですが、「公」なき「社会」などこの世の中には存在しませんから、最終的には「特定者」の為だけの「社会」が成立することになります。

「新たな独裁者」や、「特権階級」になりたい人たちは、このような考え方を支持すればいいことになります。その「闘争」の中で、仮に「敗者」となった場合は、ただひたすら耐え続け、「革命」の機会を待ち続けるしかない。「個人」を主体とした「左巻き」などの「平等」や、「人権」とは、「特定者」の中に入れた者だけが享受できる実際には「異常なまでに不平等」なものです。

そのことは、「同和」や、「在日コリア人」や、「金正日」や、「中国共産党幹部」の姿を思い浮かべればよくわかると思います。

「金銭」だけではなく、「身体」や、「精神」に基づいて「特権」の実態を考えたとき、「君が代不起立を認めろ!」と主張している人たちの「運動」が、「戦後日本の精神社会を独裁的に支配してきた左巻き」の「特権」維持の為のものであることがはっきりとします。

彼らの行っていることは、「金正日」の「暴力団外交」や、「中国共産党」の「反日洗脳政策」と全く同じものです。

このような考え方に対して、「人間」=「公」を「最上位」に置いて「公」の下で出来るだけの「平等」を志す考え方があります。

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「敵が攻めて来たら逃げる、という日本人が多いのも無理はありません。「自分の損になることは黙って逃げるな」とか「自分の欲望を満たすのが市民としての権利である」とか教わった子供が大人になったのですから。しかし人間は、一人で生きているわけではない。自分と家族があって、村や町があって、社会がある。それは国家しか守りきれない。他の形でやってください、といっても、ほかにはないのです。

 昔は、日本にも隣組というのがあったけれど、それは戦争とすぐに結びつけるから悪いものになってしまった。愛国心といえば、目くじらを立てて議論する。しかし愛国心というのは、それを利用するとか、特別に持たなければならないとかいう余裕のあるものではなく、本当の生活必需品なのです。たとえれば、ナベカマや包丁のような日用雑貨みたいなもの。他の国から自分たちを守るためには、いいも悪いもなく、愛国心を持つほかはないのです。 私はシンガポールで年に数週間暮らしていますが、シンガポールでは、朝の放送は各チャンネルとも国歌で始まります。シンガポールは多民族国家で、宗教もキリスト教、イスラム教、ヒンドゥ教、仏教などが混在しているから、終始、いろいろな問題が起こっている。(略)それほど民族も宗教も違うから、国家の観念でまとめるしかないわけです」(曽野綾子)


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「個人」を主体として考えている「左巻き」が「愛国心」や「国歌・国旗」などに「反対」するときに必ず持ち出す言葉が、「日本には、日本人だけではなく、多くの外国人たちが住んでいるのだから、愛国心や、国歌や、国旗を尊重させるのはグローバル化へ向かっている世界の常識に反する行為だ!」というものがありますが、彼らの主張は全く出鱈目なデマで、

「多民族」と「多様化(八百万)」を「混同」し、問題の本質から焦点をずらす非常に「卑劣」なものです。

現在問題となっている「教育基本法」の改正も、「日本」に「左巻き」のような「エゴイスト」が存在していなかったならば、ここまで急ぐ必要が無かったことです(と言っても日本にエゴイストが溢れている主因は、教育基本法や憲法の精神によってですが)。

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「日教組は、君が代も日の丸も認めなかった。戦前の軍国主義に利用されたものであり、「血塗られた旗」だから拒否する、と言った。そう思わなかった人も、その考えに妥協したのです。そして長い間、おそらく世界で日本だけが、生徒たちに国歌と国旗に対する尊敬の念を表す姿勢をとることを教えなかった。

私は、アフリカの小さな国によく行きますから、日教組的日本人とは、なんと苦労知らずなのだろうと思うことがある。たとえば宗主国がフランスであっても、田舎に行ったら誰もフランス語を話さない。こちらは、土地の言葉がわからない。意思疎通は、ほとんど不可能です。子供の頭を撫でたり、赤ん坊を抱くことさえ禁忌の土地もある。頭は神だけが宿る場所だと考えられているから人が触れてはならず、外国人というのは「悪魔の眼」を持っているとされているから、じっと見ることもできない。(略)

 では、どうすればその人たちに「あなたの敵ではありません。むしろ、お友達になりたいと思っています」と伝えられるのか。その時にできるのは、その国の国歌と国旗に対して敬意を払うことだけなんです」(曽野綾子)


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最近は、「日本人」だけではなく、他の国の若者たちを中心にして、「他国の国歌や国旗」に対して「敬意」を持てない人たちが増えていますが、「日教組的日本人」などが進める、そのような「態度」が、「真の友好」を生み出すことは決してないことを理解しなければなりません。

「国歌・国旗」=「公」に対する「敬意」は、「自国」と「他国」に対して同時に行われた時、はじめて意味を持つのであって、どちらか「一方」に対してだけなされた時は、「エゴ」を生み出すだけです。

「日本国民」が目指すべきは「自国」と「他国」に対して「敬意」(最低でも侮蔑なき態度)を持つ「国民」を育成することであって、「自国」の「国歌・国旗」に対して「侮蔑感」や「拒否感」を持たせる教育など、議論以前の問題です。

「自分」を愛せない人(エゴではなく)が「他人」を愛せるわけがありません。

そのことをよく象徴しているエピソードを「グロータース」さんが著書に書いています。

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「一九四一年十二月八日、日本軍が真珠湾を攻撃したというニュースは、翌日、いち早く中国の私の村にも届いた。次の日、ナチスの進撃を逃れてロンドンに亡命していたベルギー政府は、アメリカの勝利を予測してかれらに味方し、日本に宣戦布告した。 

 私たち二十六人の宣教師のもとには、大同駐留の日本軍憲兵隊の鈴木隊長から、「ベルギー政府が宣戦布告しても、あなた方に対する日本軍の立場は何も変わることはないから安心するように」との伝言があった。 大同教会にいる間、日本人とかかわることは全くなかった。大同市内の教会にいた神父の一人が、日本軍憲兵との連絡係をつとめてくれたので、他の神父は、日本人と接触する必要がなかったからである。

一度だけこの日本人の話を聞く機会があった。大同に、スクート会の神父全員が集まったときのことである。鈴木憲兵隊長が訪ねてきて、私たちに励ましの言葉を送ってくれたのだ。十字架のキリストを指して、「皆さん、この人のためによくやっていますね。敬服しています」と。外人は全てスパイだと疑われていたあの時代に、忘れようとしても忘れられない言葉である。(略)

 終戦の翌月の一九四五年九月、軟禁から解放された北京の修道院に、軍服についたすべての紋章をとりはずした姿で、鈴木隊長が挨拶に来られた。そのときのおだやかな態度や丁寧な言葉遣いなど、鈴木さんについてはいい思い出ばかりである。 終戦後、一九五九年、日本に移り住んだ大同時代の神父たちと相談して、鈴木さんの生存、所在を確かめようということになった。(略)

 鈴木さんは萩市で果樹園を経営していた。いろいろな思い出話の間に、私は、「外国人の宣教師に対して、どうして、あのような理解を示すことができたのですか」とたずねてみた。鈴木さんはにこやかに答えてくれた。「父は神主で、私は宗教のために生きる人々の尊さがわかっていました」と」(グロータース)


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鈴木さんが、「グロータース」さんに言った、

「父は神主で、私は宗教のために生きる人々の尊さがわかっていました」

という言葉と、態度こそがいまの「日本」に必要なのではないでしょうか。「教師」たちだけではなく、「全ての大人」たちは、常に「子供」たちが自分を見ているのだ、という意識を持って、「敬意」を持つことの大切さを、言葉と、態度で教え続けていかなくては、「日本」は再生できないでしょう。

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[参考]

なぜ日本人は成熟できないのか・曽野 綾子・クライン孝子(著)

それでもやっぱり日本人になりたい・グロータース(著)

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

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2006年11月25日

「教師」に「虐め」られても「問題」にすらされない「不当な子供差別」を許すな

「1996年02月02日」。「産経新聞」に当時、社会部次長だった「大野敏明」さんの記事が掲載されました。

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(産経新聞より)

いきなり個人的体験を書く。

 私の父は自衛官だった。小学生も安保反対デモのまねをしていた60年安保騒動の翌年、小学校の4年生だった私は社会科の授業中、担任の女性教師から「大野君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなっても大野君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」と言われたことがある。

 聞いていた私は脳天をハンマーで殴られたようなショックを受けた。その担任は日教組の組合員として積極的に組合活動をしていたらしいが、それまでは私に対して差別するような特別な態度はなく、他の生徒と同じように接してくれていると思っていたからである。

 それ以来、同級生の態度が変わった。給食の時間は机を集めてテーブルクロスをかけ、みなで一緒に食べていたのが、私ひとりだけのけ者になった。教室の隅でひとりで食事した。朝、学校に行くと上履きがなくなっていた。運動場から帰って来ると、ランドセルの中身がほうり出されていたこともあった。下校途中、石を投げられてけがをしたこともある。

 そのうち、学校に行くのがいやになり、半月ほど登校拒否をした。その時、私はまだ10歳になっていなかった。担任はあわてて自宅にやって来た。結局、親に説得されて学校に通い始めた。目に見えるいやがらせはなくなったが、同級生の視線は冷たく、以前のような仲の良い関係ではなくなっていた。

 
 早く進級してクラス替えになり、担任も同級生もみないなくなればいいと、それだけを願った。

 中学校の時、の筋金入りの日教組教師が、授業中に安保反対、米原子力潜水艦日本寄港反対と演説ばかりで、授業をまともにしなかったため、抗議した。すると「お前は反動だ。先生の言うことが聞けないのか。態度が悪い」とののしられた。

 校長に直訴したが、「そんなことは考えなくていい。いまはいい高校に入るために勉強だけすればいい」と取り合ってもらえなかった。

 私の通った小、中学校は東京都下にあったが、都立の全寮制高校に進学して驚いた。そこには全都から生徒が集まっていたが、転勤族である自衛官の子弟が多数、在籍しており、その多くが私と似たような経験を小、中学校で味わったというのだ。




 小学校で教師が「自衛官は人殺し。鉄砲もって喜んでいる」といったため、「人殺しの子供」とののしられた経験をもつ者もいた。何人かは中学校で日教組の教師とやり合い、内申書の評価を下げられるという苦汁をなめさせられたという。

 それまでは自分だけが特殊な経験をしたのかと思っていたが、決してそうではなく、少なくとも東京では自衛官の子弟は大なり小なり、日教組の教師から心ない仕打ちにあっていたということになる。

 
 自衛官の子弟である高校の同級生のなかには親の職業を言いたがらない者もいた。

 恨(うら)み節を書きたいわけではない。逆説的に言えば、こうした経験の結果、憲法、安保、自衛隊などについて考えるようになったともいえる。文字通り“反面教師”ということかも知れない。

 いまや日教組の支持政党の社会民主党は与党の一角として6人もの閣僚を橋本龍太郎内閣に送り込んでいる。そして安保も自衛隊も日の丸も君が代も認め、消費税もPKOもOKだという。その中には副総理の久保亘蔵相はじめ、複数の日教組出身者がいる。総評の活動家だった人もいる。

 彼らは日教組が戦後、教育の現場で児童、生徒にどんなことをしてきたのかを、どこまで知っているのだろうか。

 東京都立川市では自衛官の住民登録を受け付けなかったことがあった。住民登録が受け付けてもらえなければ、子供たちは学校に行くことすらできない。自衛官が夜間の大学に入学しようとしたところ、拒否されたケースもある。こうした行為は職業による差別で、基本的人権の侵害以外のなにものでもない。まさに憲法違反と言わなくてはならない。




 社民党は人権問題に敏感という評価もあるようだが、彼らにとって自衛官とその家族には人権はなかったのである。

 それが与党になって、安保も自衛隊も認めた。党名も社会党から社会民主党に変えた。しかし、「かつてのわれわれの主張は間違っていました。そのため、多くの国民に多大なご迷惑をかけてしまいました。とりわけ自衛官とその家族には申し訳なく思っています。深く反省し、謝罪します」といった声は全く聞こえてこない。

 もちろん私は謝罪してほしくて書いているわけではない。現在の社民党や日教組の現実的な政策については、一応の評価をしたい。だが、これまでの言動が、子供もふくめた多くの人々に、とりわけ自衛官やその家族に多大な苦しみを味わわせてきたことを忘れてほしくないのである。


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自分は「社民党」や、「共産党」や、「民主党」や、「日教組」などに所属している「個人主義者」、「エゴイスト」たちの「平和」や、「人権」という言葉を殆ど評価していません。

以前から主張し続けていますが「個人」を主体とした社会は、「環境大変動」などで「必要悪」として誕生したもので、「公よりも個が大切だ!」という主張を強制されるような社会は、その時点で「有事」=「戦時中」と変わりありません。

つまり「戦後日本」とは「60年以上に亘って戦時下」にあったのです。

そのような視点に立てば、「左巻きマスコミ」や、「民主党」や、「社民党」や、「共産党」などがいまだに「強固な言論統制体制」を維持している理由がよくわかるはずです。

「公」による「戦争」や「対立」や「権力」は、そこに「個人」の「介入」と「独占」を許さない限り、「破滅的な暴走」を抑止することが可能です。

しかし、「個」による「戦争」や「対立」や「権力」は、「当事者」以外に「最終決断権」は存在しないのです。

「個人」を主体にした社会とは、いつ何時「精神異常者」や、「エゴイスト」たちに「襲われ」「殺され」てもおかしくはない社会なのです。

もしも、小学校に乱入して多くの「罪もない子供たち」を「殺した個人」が、「人間」として「公の精神」を持ち、「公の中」で生活をしていたならば、

「俺が殺人事件を起こしたら家族や、友人たちに迷惑が掛かり、悲しむだろうな」

「俺に愛する人がいるように、子供たちを心から愛している人たちがいるはずだ」

「俺が殺人事件を起こしたら、家や日本の名誉が損なわれる」

と考えたり、それ以前の問題として「暴走」する前に「他人の心」が大きな抑止力となります。

「個人」と「個人」が「騙しあい」「傷つけあい」「殺し合い」「無視し合って」生活する方向に進み続けているのが「戦後日本」の正体です。

「1996年」に「産経新聞」に掲載された「大野敏明」さんの「人間」としての記事に、「国民」がもっと真剣に耳を傾けていたならば、きっと多くの人たちを救えたはずです。

「戦後日本」において多くの「罪もない人たち」を傷つけ、殺し続けてきた「犯罪者」たちは、いまでも「マスコミ」や、「教育現場」や、「政界」に数多く存在しています。

「明るい未来」を実現する為に、いま「国民」たちが行わなければならないことは、「犯罪者」たちの「正体」と「隠蔽している過去」を知ることです。

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[参考]

教育黒書―学校はわが子に何を教えているか

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

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2006年11月24日

「日本の心」

最近「佐山聡」さんがHPのコラム「道」で頻繁に「戦後日本では金が神になってしまった」と批判していますが(佐山さんの思想や、最近の活動については賛否両論色々とありますので、興味がある方は自らの目で確認してください。http://homepage2.nifty.com/seikendo/)、「歴史」や、「名誉」だけではなく、「生命や財産」の問題よりも「経済」=「金」の話を優先的に考えている「政治屋」や「左巻き」や「財界人」の言動を見ていると、「日本人は金に殺される」のではないかと本当に心配になります。

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(中央日報より)

「独島問題など両国の不信感が韓日FTA交渉の障害物」

趙錫來(チョ・ソクレ)暁星(ヒョソン)グループ会長が独島(ドクト、日本名・竹島)問題などを取り上げながら、日本財界指導者らに対し両国間の信頼回復に向けた努力を促した。 韓日経済人協会会長を務める趙会長が公開席上で両国間の敏感な懸案に言及し、日本に苦言を呈したのだ。

趙会長は23日、ソウル新羅(シンラ)ホテルで開かれた韓日財界会議で、両国の協力強化に関するテーマ発表をしながら、「日本の独島(ドクト、日本名・竹島)領有権主張、歴史教科書の歪曲、靖国神社参拝などによる両国間の不信の雰囲気が自由貿易協定(FTA)交渉の障害になっている」と指摘した。

趙会長は「島根県が‘竹島の日’を制定して独島問題が触発されたことに関し、日本政府は地方政府レベルのものだと意味を縮小しようとしたが、独島を韓国領土と信じている韓国人は領土主権を侵害するものと受け止め、糾弾の声を高めた」と明らかにした。

歴史教科書問題に関しても、趙会長は「韓国人には日本の植民地支配に対する辛い記憶が残っているため、日本の侵略と植民支配を後世に正しく伝えないのは歴史を歪曲することだ」と強調した。 さらに日本指導者らの靖国神社参拝についても、韓国人の批判的情緒を紹介した。

趙会長は発表の最後に「経済協力を議論する場で別の話をして申し訳ない」と了解を求めたが、日本側の出席者から特に反論はなかったという。 趙会長は「両国財界指導者の友好増進のための席で、日本側を批判しようという意図ではなかった」と説明した。


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このような問題も、いまの「自民党安倍政権」ならば、「金で魂を売る」ことは無いでしょうが、「民主党(与党連合)」や、「自民党左派」が「政権」を獲った場合は、ほぼ間違いなく「歴史教科書」や、「靖国参拝」問題で「魂」を売り渡すことになるでしょう。

「金」を得る為や、「無理やり我慢に我慢を重ねてうわべだけの友好(友人)関係」を作る必要があるのか。

それでは「幸福感」を感じることは出来ないはずです。「左巻き」の「全面講和」という「似非平等主義」や、「ありのままの自分」を無視した「似非男女同権」や「似非男女平等」思想による、「仕事」も、「恋愛」も、「子育て」も、「家事」も、「趣味」も全てこなしましょう、という「完璧主義」や、「全ての人と仲良くしましょう」という「似非いい人主義」は、ただの「虐待」でしかありません。

「絶対」や「完全」や「完璧」や「平等(似非)」を求められる「社会」は「地獄」です。

いま「多くの日本人」たちを苦しめているのはそのような「思想」です。「個人として不自然に自立」して生きるよりも、「人間として自然に助け助け合いながら感謝し共存」して生きること意外に、苦しみの中にある「日本人」たちの「心」は救われないでしょう。

「人間」は誰でも「失敗」をし、「悩み」、「挫折」し、「苦しみ」、「迷う」、それが「当たり前」な世の中だから「やさしさ」がある。

「ニート」「フリーター」「ひきこもり」「依存症」「不登校」「出社拒否」「自殺」等々。これらの問題も「戦後日本人」の多くが「個人」として「絶対」や「完全」や「完璧」や「平等(似非)」を求められ続けているから生まれたものばかりです。

「経済成長率」「GNP」「格差」「生涯賃金」「偏差値」「年収」等々。それで「人」の何がわかるのか。

「人」は「ショーウィンドウ」の中の「ペット」ではありません。「数字」は「人生」ではなく、「人生」を豊かにする為の「目安」でしかないはずです。

「勝ち組」「負け組」「上流」「中流」「下流」「負け犬女」・・・どれも勝手な基準に基づいた下らない見方ばかりです。

「日本の禅」の教えに「相手が憎いのは、相手が憎いからではない、自分の記憶が憎いのだ」というものがありますが、「戦後日本人」や、「韓国人」たちの考え方を見ていると、「人は随分と小さくなったのだな・・・」と思ってしまいます。

「金」や、「数字」や、「イデオロギー」などというものは、「人」と比べれば「チリ」のようなものです。「悩み」も同じです。

「戦前の日本」について「小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)」はこのように言っています。

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「虫の声一つあれば優美で繊細な空想を次々に呼びおこすことが出来る国民から、たしかに私たち西洋人は学ぶべきものがある。機械の分野ではそういった国民の師であることを、全て人工的に醜く変えてしまうことでは教師であることを、私たちは誇ってよいだろう。だが自然を知るということにかけては、大地のよろこびと美とを感じるということにかけては、いにしえのギリシャ人のごとく、日本人は私たちをはるかにしのいでいる。

しかし、西洋人が驚いて後悔しながら自分たちが破壊したものの魅力をわかり始めるのは、今日明日のことではなく、先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園を駄目にしてしまったとき、つまり美のかわりに実用的なもの、月並みなもの、品のないもの、全く醜悪なもの、こういったものをいたるところで用いたときのことになるだろう」(小泉八雲)


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「人」が「小さな個人」としてではなく、「人」だけではなく、「自然」や、「動物」たちとも「自然体」で繋がっている、「人間」として生きられる社会を作り上げる、ことを再び「志す」ことから、「明るい日本」は始まるでしょう。

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[参考]

日本の心―小泉八雲名作選集・小泉 八雲(著)

本当は恐ろしい「平和」と「人権」というファシズム・佐藤 貴彦(著)

自然体のつくり方―レスポンスする身体へ・斎藤 孝(著)

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2006年11月23日

「学級崩壊」は「日本崩壊」の序曲だ

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(毎日新聞より)

<体罰>奈良の「熱血校長」小4男児に ご飯粗末にした 

 奈良県三郷町の町立三郷北小学校で今月14日、給食のご飯を粗末に扱ったとして、岡本喜代治校長(59)が4年の男児の尻を強くたたいて転倒させるなどし、約1週間のけがを負わせていたことが分かった。岡本校長と同町教委は「行き過ぎた指導だった」として男児の家族に謝罪した。岡本校長は教育困難校の立て直しなどで実績があり、子どもと教師の心理についての著書も執筆。地元では「熱血校長」で知られている。
 同町教委によると、男児の担任教師が13日、給食で茶わんに残った米を団子状にして天井に投げるのを目撃し、岡本校長に報告した。岡本校長は翌朝、登校してきた男児を校門前で見つけると、ほおをつかんで引き寄せ、尻を6〜8回たたいた。男児は転倒し、足をすりむき、ほおにはつめ跡が残って血がにじんだという。男児はそのまま授業を受けたが、帰宅後、傷に気付いた家族が病院に連れて行き、全治1週間と診断された。岡本校長は同日夕、男児宅を訪れて謝罪。町教育長には15日朝、報告した。
 同小によると、岡本校長は「食べ物を遊び道具にするのは許されず、ここで指導しておかなければと強く思った」と説明したという。
 岡本校長は1995年、「子どもの心と教師の心」(日本教育研究センター)を出版。同小は今年度、文部科学省が全国の9小学校を指定した「総合的な学習のモデル校」にも選ばれている。


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この「校長先生」の「指導」の仕方には、問題があったかもしれませんが、「擦り傷」と「内出血」で子供を病院に連れて行く親もどうなのでしょうか。

少し前の「親」ならば、自らの子供が「食べ物を粗末にしたこと」を恥ずかしく思い、「指導」をして下さった「校長先生」に「感謝」すると思いますが、「いまどきの親」は「子供たちの成長」を「長期的」に見る目が足りない気がします(過剰なお稽古なども含めて)。

「日本」の「教育現場」が「左巻き」の支配によって、「腐敗」してしまっていることは徐々に「国民」たちの知るところとなってきていますが、「教師たち」が背負わされている「役割」の重さや、「親たち」の「質」の低下についてはまだまだ「国民」たちには知られていません。

例えば、「東京」のある「中学校」では、

「生徒が筋肉痛になったから学校を欠席させる親」や、「剣道の竹刀は危険だからスポーツチャンバラの剣を導入するべきだと抗議する親」や、「生徒が柔道の部活で擦り傷を作ったと怒鳴り込んでくる親」などが実際に存在しています。

そんな「馬鹿げた話」にも「教師たち」は「真剣」に対応しなければならないのですからたまったものではありません。

「自分の子供」と「部活」や、「剣道」や「柔道」を比べて、「自分の子供」の方が大きいという「答え」を導き出す「思考回路」は、「個人主義」の害毒が「社会全体」に行き渡っていることの証明です。

「教育基本法改正反対」や、「日の丸・君が代反対」や、「国家の否定」や、「家族の否定」や、「性別の否定」や、「道徳教育反対」や、「つくる会の教科書反対」などの「個人主義絶対化運動」は、回りまわって必ず「全ての国民」に返ってくることをよく理解しなければいけません。

「教師」とは本来ならば「高い公共性」を持っていなければならない存在です。

「日本社会」に「公の精神」が強く残っていた時代は、「高い公共性」を持っている「教師」たちは、その「高い公」ゆえに「尊敬」、「尊重」されていました。

しかし、「戦後日本」では、「公の精神を持った人間」としてではなく、「エゴを持った個人」として生きること「絶対的な価値観」として「国民」たちに「強制」し続けてきました。

「個」の世界とは、「弱肉強食」、「差別」、「格差」の世界です。その世界で生き抜くためには「エゴ」や、「強い力」や、「ずる賢さ」や、「汚さ」が必要になります。

いま「学校現場」が「崩壊」してしまっているのは、「学校」から「人間」がいなくなってしまったからです。

「人間」と「人間」の付き合い、と「個人」と「個人」の付き合いは全く違います。

現在「学級」を上手くまとめられていない「教師」の皆さんは、「崩壊」してしまっている「学級」を上手くまとめたかったら、「生徒たちを個人から人間に成長させる為に、公の精神や、身体の大切さを徹底的に教え込む」か、「40人近くの生徒たちを完全に支配下に収める為の力とカリスマを持つ」べきです。

「公よりも個の方が大切だ!」と主張するのならば最低でも、「個人」は「力」(腕力や、金力や、軍事力や、暴力や、契約力など)か、「カリスマ」(詐欺も含めて)でしかまとめることが出来ないことをしっかりと認識するべきです。

そのような「個人主義社会」は、「自殺」や、「犯罪」や、「虐待」や、「詐欺」や、「精神障害」や、「ひきこもり」や、「格差」や、「いじめ」や、「訴訟」や、「環境破壊」や、「孤独死」などが慢性的に蔓延ることになります。

どれだけの「国民」がそのことを理解しているのかはわかりませんが、「公の精神」を否定する社会は、「個人」が常に「恐怖」や、「不安」や、「リスク」を背負い込まなければならない、という覚悟が必要です。

「保守」と「リベラル(似非)」の対立とは、「人間」と「個人」の対立なのです。

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[参考]

子どもたちはなぜキレるのか・斎藤 孝(著)

身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生・斎藤 孝(著)

自然体のつくり方―レスポンスする身体へ・斎藤 孝(著)

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2006年11月22日

「不当な差別」の元凶は「マスコミ」にあり

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(中央日報より)

WSJ「6カ国協議のカギは日本が握っている」

北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議が再開されれば、協議の成敗を決めるカギは日本が握っていると、ランド研究所の国際経済研究員チャールズ・ウルフ氏が21日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)への寄稿で主張した。

ウルフ氏は、中国と韓国が北朝鮮を動かせる国として認識されているが、日本も大きな影響力を行使でき、その力は在日北朝鮮同胞の送金を認めるかどうかという点から出てくる、と指摘した。

ウルフ氏は、日本国内で人気があるパチンコが成人の大衆娯楽として定着しているが、韓国人がこの業界のおよそ4分の1を掌握しており、ここから出てくる収益金のうち毎年2億ドル余が北朝鮮に送金されていると推定される、と明らかにした。


 また、ソ連崩壊で北朝鮮に対する無償援助国がなくなった後、中国と韓国が財政的な援助国に浮上したが、貨幣支援ではなく物的支援に集中しており、特に最近、米国の対北朝鮮金融制裁で武器販売および麻薬取引などを通した収入確保が不可能になった状況で、‘パチンコ送金額’は金正日(キム・ジョンイル)国防委員長が制限を受けずに確保できる唯一の現金だと指摘した。

ウルフ氏はこうした観点から見ると、逆に‘パチンコ送金’が遮断されれば、北朝鮮に決定的な打撃になると考えられ、特に安倍日本首相が対北朝鮮送金に対する精密調査や送金制限措置に踏み切った場合、金委員長にとって大きな脅威になるはずだと予想した。




「シナはイランにテポドン2を運び込んでいます。その射程は3600kmあるでしょう。これは鴨緑江の満洲側からグァムの米軍を核攻撃し、それを北鮮の仕業に見せかけるためのSSMです。開発の資金はイランから出ました。日本のパチンコマネーも貢献しました」(兵頭二十八)



「アメリカ国防総省の情報関係者やブッシュ政権の首脳は、今や日本のパチンコマネー、あるいは日本株の資金が北朝鮮に渡っていることに対して猛烈に腹を立てている。 今ブッシュ政権はこの問題について、北朝鮮の亡命者をふくめた関係者から話を集めている。日本から北朝鮮に密かに送り込まれている資金について、実際に誰が何を送っているのか、誰が関わっているのか厳しい調査が始まったのである。 アメリカ政府の関係者の話を総合すると、ブッシュ政権は北朝鮮に対する日本資金の流れの実態をすでに押さえているという。何人かの日本の政治家が関わっていることも探り出している」(日高義樹)

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「パチンコのCM」を流し、「チラシ」を織り込んでいる「テレビ」や、「新聞」が、「朝鮮」の「拉致」や、「偽札」や、「麻薬」や、「虐殺」などについて非難する。

「パチンコ店」に通っている人が「朝鮮はけしからん!」と言い、「拉致被害者家族」たちの話を聞いて「涙」を流す。

「パチンコ」に夢中になった親が「子供」を放置して「死」に至らしめる。

「日本人」や、「朝鮮人」たちの「尊い命」を奪い、「人生」を滅茶苦茶にすることに「パチンコマネー」は大いに貢献しました。

「パチンコ業界」の「裏側」を知っていて、それでもなお「パチンコ」をするのなら一つの筋が通っているでしょう。

しかし、大多数の「国民」たちは、「パチンコ業界」の「裏側」を全く知らずに、「パチンコ」をし、今日も「金正日」を「援助」し続けています。

「国民」はなぜ「パチンコ業界」の「裏側」を知ることが出来ないのか。

それは「マスコミ」が「腐敗」し、「金」や、「イデオロギー」で「本当に向き合わなくてはならない現実」を「隠蔽」しているからです。

そのことで「特」をしているのは「特定の者」でしかありません。

「朝鮮への経済制裁を止めろ!」「制裁は人権侵害だ!」

そのように叫び狂っている「独裁者支援者」たちは、「日本人」や、「朝鮮人」だけではなく、「地球市民」を名乗る資格すら無い、最低の連中です(もちろんそのような「異常者」は、「日本居住者」の中のごく少数者でしかありません)。

「マスコミ」が「公共性」を放棄し、「私」へ走るならば、「国民」は「ネット」や「集会」や「著書」などを通じて、「真実」を知り、「日本人」として「正常」な態度を取らなくてはなりません。

現在「日本」には、「公務員幹部登用資格」や、「参政権」や、「年金」や、「学校補助金」や、「不当な生活保護」や、その他の「特権」を要求している「外国人」や、その「支援者」たちが存在しています。

「マスコミ」は彼らの「正当性」ばかりを主張していますが、そのような「一方的」な主張が繰り広げられている時は、「別の主張」にも耳を傾けることが大切です。

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国際社会のルールからすれば、金正日の日本に対する不当な戦いに対処することは在日朝鮮人の問題にもつながってくる。日本政府や日本人が、朝鮮侵略の後始末として在日朝鮮人に対して特別な配慮をすることは、国際社会のルールに基づけば、日本の国家としての基本的な立場と衝突する。在日朝鮮人が自らの意志で、引き続き日本に居住したいのであれば、彼らは日本に対して害をなすようなことはしてはならない。日本国民の権利をすべて手にしたいと考えるならば、日本人にならなければならない。これは世界各国の移民政策の基本である。在日朝鮮人が日本に対するよりも朝鮮に対する忠誠を優先するというのであるならば、当然のことながら彼らは日本から出ていかなければならない」(日高義樹)

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「マスコミ」がまともになれば本当に多くの人たちが「幸せ」になることが出来ます。

「不当な差別」の元凶は「マスコミ」にあります。

「国民」が「本当に知るべきこと」を知ることが出来ない。これほど大きな「国民」の「不幸」はないでしょう。

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[参考]

別冊宝島『嫌韓流の真実! ザ・在日特権~朝鮮人タブーのルーツから、民族団体の圧力事件、在日文化人の世渡りまで!~』

「反日マスコミ」の真実

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2006年11月21日

「民主党」が「政権」を獲れない理由を教えます

「沖縄県知事選挙」で「惨敗」を喫したにも関わらず「民主党」の「鳩山由紀夫」幹事長は、

「戦術は間違っていない。小沢代表の『選挙に強い』という神話が崩れたとは思わない。それなりの戦いはできた」

と言っているそうです。「鳩山」幹事長のような「無責任」な人物が長い間「党」の中枢部に居座っていることは、非民主党支持者の自分も、民主党支持者に対して大いに同情します。

「健全な野党なくして、健全な与党はなし」

新しい「野党」の誕生の兆しが無いいま、「日本」の「政界」を健全な形にする為には「民主党」に「まともな野党」になってもらうしかありません。

そこで自分が考えた「民主党が政権政党になれない理由」を書きたいと思います。

まずは「新日本プロレス」の「IWGPヘビー級チャンピオン」の歴代王者からご覧ください。

〜〜〜

IWGPヘビー級チャンピオン

初代・アントニオ猪木

2代目・藤波辰爾

3代目・藤波辰爾

4代目・ビックバン・ベイダー

5代目・サルマン・ハシミコフ

6代目・長州力

7代目・ビックバン・ベイダー

8代目・長州力

9代目・藤波辰爾

10代目・ビックバン・ベイダー

11代目・藤波辰爾

12代目・長州力

〜〜〜

この当時の「新日本プロレス」はまだ「武藤」や、「蝶野」や、「橋本」という「新世代」がメインを任せられるだけの選手に育っておらず、「藤波」や、「ベイダー」や、「長州」に頼るしかありませんでした。

しかし、この後、「新日本プロレス」は、「武藤」、「蝶野」、「橋本」だけではなく、「馳」や、「健介」という一流選手を育て上げることによって「黄金時代」へと突入していくことになります。

次に「民主党」の「歴代幹部」をご覧ください。

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民主党代表

初代・菅直人

2期目・菅直人

3期目・菅直人

4期目・鳩山由紀夫・(政策会長)菅直人

5期目・鳩山由紀夫・(政策会長)菅直人

6期目・鳩山由紀夫・(幹事長)菅直人・(政策会長)岡田克也

7期目・鳩山由紀夫・(幹事長)菅直人・(政策会長)岡田克也

8期目・鳩山由紀夫

9期目・菅直人・(幹事長)岡田克也

10期目・菅直人・(代表代行)小沢一郎・(幹事長)岡田克也

11期目・岡田克也

12期目・岡田克也

13期目・前原誠司・(幹事長)鳩山由紀夫

14期目・前原誠司・(幹事長)鳩山由紀夫

15期目・小沢一郎・(代行)菅直人・(幹事長)鳩山由紀夫

16期目・小沢一郎・(代行)菅直人・(幹事長)鳩山由紀夫

17期目・小沢一郎・(代行)菅直人・(幹事長)鳩山由紀夫

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この「固定化された顔ぶれ」を見れば、戦前の「いわゆるA級戦犯」よりも、遥かに大きな「政権奪取失敗責任」があるのは誰なのかがはっきりとすると思います。

「民主党」の「民主」とは名ばかりで、実態は「ただの独裁体制政党」。

それが「民主党」の正体です。だから「民主党」を支持している人たち(日教組や、労働組合や、学生運動崩れや、左巻きマスコミや、左巻きコメンテーター等々)も、「ソ連」や、「中国」や、「朝鮮」の独裁を「大絶賛」し、「虐殺」や、「粛清」や、「拷問」や、「弾圧」などを「賛美」してきた人ばかりです。

そのように考えれば、「憲法」や、「靖国参拝」や、「教育基本法」や、「つくる会の教科書」や、「核」などを巡る「議論」すらも「封殺」「弾圧」「審議拒否」してきた歴史にも納得がいきます。

「民主党」を健全化するにはどうすればいいのか。

もう「答え」は完全に出ているのではないでしょうか。「官僚」よりも遥かに酷い「無責任体制の改善」と、「若手の育成と活用」と、「民主党の民主化」。

その3点を本気で進めない限り、「民主党」には「未来」はありません。「民主党支持者」の皆さんは、「党」を「私物化」して、「失政」を繰り返している連中に腹が立たないのでしょうか。

「健全な野党なくして、健全な与党はなし」

「民主党」の「非中枢部」の関係者の皆さん。あなたたちが「本気」で立ち上がれば「日本」は更に「素晴らしい国」になることを自覚してください。

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[参考]

「反日マスコミ」の真実

新日本プロレス30周年 名勝負 THE BEST PART1

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2006年11月20日

「売国工作員」のやり方

いまの「与党」と「反与党(左巻き)」の対立のキーワードは、

「平和運動という暴力主義」

です。

〜〜〜

社会主義、共産主義、世界革命、人類解放を求める戦争は、二〇世紀の戦争を主導したイデオロギーとなった。そして、社会主義や共産主義革命は、「平和のための闘い」がつきものだ。なかでも核兵器をめぐる反戦や平和運動は、社会主義による世界革命のもうひとつの部隊いわゆる「別働隊」として活用されている」(黄文雄)

〜〜〜

この「黄文雄」さんの言葉をわかりやすく説明する為に、「浜田幸一」さんの名著「教科書は日本を亡ぼす」の中から、「具体例」を取り上げたいと思います。

〜〜〜

「昭和五十六年八月八日、モスクワ放送は、ソ連共産党中央委の日本共産党中央委あて七月三十日付書簡を発表した。 この書簡は日本文にして約一万字の長文のものである。(略)

 ソ連共産党中央委員会からの書簡(略)

世界のすべての平和勢力の共同の努力は、大きな意義をもつでしょう。だからこそ、日本共産党にたいするわれわれのよびかけには、つぎのように指摘されているのです。

現在の状況のもとで、きわめて重要なことは、もっと広範な住民層や、もっと広範な政治勢力を反戦闘争に引きいれることである。(略)」

われわれは、あなたがたが書簡で主張しているように、日本共産党や日本の民主勢力にたいして、日本の「自衛隊」や在日米軍基地の承認を求めるものではまったくありません。それは、日本の同志たちにもよく知られているわれわれ自身の立場に合致しないでしょう。(略)

われわれは、たとえば、日米「安保条約」廃棄をめざす日本人民の闘争を支持しています。日本の共産主義者と同様に、われわれは、日本における軍国主義的傾向を糾弾しています。ソ連の世論は、日本において宣言された「非核三原則」の実際の実行をめざす闘争に、つねに賛同してきました。


 ソ連共産党中央委員会

(略)このようなソ連のはたらきかけは、政財界、教育界、マスコミ界などあらゆる方面に対して行われている。中でも教科書は、教育界への思想浸透工作の手段として、最も重要なもののひとつである」 (浜田幸一)


〜〜〜

数日前の「北海道新聞」に「共産党員教師」の「教え子」たちによる「教育基本法改悪反対」の手紙が掲載され、「北海道」の「ニュース番組」がそのことを取り上げました。また昨日は「たった10人」が参加しただけの「教育基本法改悪反対集会」の様子を「毎日新聞」が「大々的」に取り上げました。

「民主党」や、「共産党」や、「社民党」は、「核」を巡る「議論」を「弾圧」「封鎖」しようとし、「核」に対する発言を行った「議員」の「罷免」を要求しました。

その「裏側」に何があるのかはもうおわかりだと思います。

このような「工作活動」や「日本崩壊戦略」は、「日本国内」の「売国奴」たちを通じて、「ソ連(ロシア)」や、「朝鮮」、「韓国」、「中国」、「アメリカ」などの手で盛んに行われています。

「靖国参拝反対!」「つくる会の教科書反対!」「日米ガイドライン法反対!」「空母寄航反対!」「教育基本法改悪反対!」「憲法改悪反対!」

そのような主張をしている連中の中には、多くの「売国工作員」たちが紛れ込んでいます。彼らが主導している「平和運動」や、「人権運動」は、実はただの「暴力運動」であって、その先にあるのは「特定者」だけの利益です。

「日本国民」が「本当の平和」を望むならば、彼らのような「似非」と「本物」を見分ける必要があります。

「沖縄知事選」では「売国工作員」たちの「工作」は失敗に終わりました。しかし、これから「参議院選挙」や、「憲法改正」などを巡って、「卑劣な工作活動」はさらに激しくなることは間違いありません。

その際に「本当に平和を愛する日本人」たちが、「売国工作員」たちに騙され、利用されない為には、「平和」や、「人権」を掲げる人の「言葉」が、「公」の為のものか、「個」の為のものかを見極めることが大切です。

〜〜〜

「日本では北朝鮮の核開発に反対する市民運動は皆無だが、日本の原子力発電に反対する運動グループは、掃いて捨てるほど存在する。日本の自衛隊には反対するが、拉致、テロなどに当る北朝鮮の特殊部隊には反対しない」(R・ツチガネ)

〜〜〜

このような人たちを支持しないことが、「日本」と「世界」に「本当の平和」を齎すのです。

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[参考]

アメリカでは常識のニッポン人取扱説明書―腹が立つけど、これが現実・R・ツチガネ(著)

教科書は日本を亡ぼす・浜田 幸一(著)

「反日マスコミ」の真実

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2006年11月19日

「比べて」見れば、「似非」は死ぬ

「エゴイスト」や、「やましいことをしていると思っている人」や、「自らに自身を持てない人」は、「他人」と比べられることを極端に恐れる。

「核論議」を巡って、「言論」そのものを「封殺」しようとした、「民主党」や、「共産党」や、「社民党」や、「左巻き」たちは、「南京大虐殺」や、「従軍慰安婦」や、「靖国参拝」や、「新しい歴史教科書」などを巡る問題と同じく、まったく「自信が無い・・・」のでしょう(そういえばこの間「従軍慰安婦」問題を捏造したと自らが認めている「千田」氏の「捏造本」が「名著復刊!」として新発売されていたのを見かけました・・・)。

「日本」の「左巻き」がどれほど「腐りきっている」のかは、「左巻き」が「批判」している人たちが書いた記事や、著書見れば簡単に知ることが出来ます。

「ソ連」や、「中国」や、「朝鮮」をはじめとする「左傾化集団」の「虐殺」「粛清」を大絶賛し、今現在も続いている「拷問」「弾圧」「虐殺」行為に対しては一言の声も上げることがなく、「日本」や、「アメリカ」などの「歴史」を「歪曲・捏造」、「過剰宣伝」し、直ぐにでも「助けが必要な人たち」を平気で無視するその姿は、「心」の無い「マシーン」としか言いようがありません。

もちろん「日本の左巻き」も「人」として生まれてきたのですから、何らかの段階において「心」を奪われ、「洗脳」されてしまったのでしょう。その点を見れば彼らも「被害者」であると言えます。ただ、いま「日本の左巻き」が行っている「暴力運動」を容認してしまえば「不必要な犠牲者」を「日本」だけではなく、「世界中」で生み出すことに繋がってしまうだけに、彼らの「運動」を認めてはなりません。

これから「日本国民」が「真の平和」の為に行うべきことは、「左巻き」を支援、支持しないことを徹底し、新たな「左巻き入信者」を生み出さないことです。

その為には「日本の左巻き」が「隠蔽」している「本当の左翼(リベラル)」の姿を知ることです。

「杜父魚文庫ブログ」(http://blog.kajika.net/)に「 古沢 襄」さんが「ペロシ登場で困惑する中国」という記事を掲載しています。

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(杜父魚文庫ブログより)

ヒラリー・クリントンが民主党左派とは聞いていたが、さらに最左派の重鎮で「サンフランシスコ・リベラル」といわれるナンシー・ペロシ下院院内総務が、こんどの米中間選挙で獅子奮迅の働きをして、アレヨアレヨという間に米政治史上初の女性下院議長に躍りでた。

西海岸のサンフランシスコには行ったことがあるが華僑系の移民が多い土地柄。ここのチャイナタウンは全米一を誇る中国人街。お土産屋、レストランがズラリと並んでいる。中国の国内で反体制派が投獄、虐殺されていることに、早くから救済サイトが活発な発信をしてきている。(略)

この風土で育ったナンシー・ペロシは、1989年の天安門事件では中国を強く非難、中国からの移民規制の緊急緩和を求める「ペロシ法案」を共和党議員とともに提出したことがある。中国の人権侵害問題を非難する一方で、1990年代には一貫して、中国への最恵国待遇の付与に反対し、さらには、2008年の北京オリンピック開催にも反対してきた。

最左派といっても、どこぞの国の左翼のようにソ連や中国に迎合し賛美する”左巻き”とは違う。米国の女性政治家は民主党であれ共和党であれ、人権侵害問題に対しては厳しい批判の手を緩めない。

だから中国がナンシー・ペロシの登場で一番困惑しているのではないか。米下院で“ペロシ旋風”が吹き荒れ、ヒラリーが大統領にでもなれば、中国の人権状況がヤリ玉にあがるのは目にみえている。


ナンシー・ペロシは人権、通商問題では対中強硬派であることから、中国の米国問題専門家の金燦栄(Jin Canrong)中国人民大学教授は、「この老女は中国に対し、大きな偏見を抱いており、中米関係に雑音をもたらす可能性がある」と警戒感を隠さない。ブッシュの方がよほどマシだと言わんばかりの口調。


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「右」でも、「左」でも、「愛国者」でも、どのような「宗教」を信仰していても、どのような「団体」に所属していても、「人(人間)」として「最低限持っていなければならない優しさ」を持っている人ならば「国民」を大きく「不幸」にすることはないはずです。

自分は「左側」に属する「人間」ではありませんが、「ナンシー・ペロシ」議員のような「人間の心」を持っている「左翼(リベラル)」のことを、「日本の左巻き」のような「個人」「エゴイスト」と同様に批判することはありません。

現在「日本の左巻き」を支持、支援している人たちはよく考えてもらいたいと思います。「日本左巻き」の主張する「平和」や、「人権」とは「誰」のものですか。「特定の者」だけのものではないのですか。

自分は「日本の左巻き」を認める気は殆どありませんが、「左巻き」に「騙されている人たち」は、「日本」だけではなく、「世界平和」を実現する為の「主力」になる人たちだと思っています。

「日本人」が「本当の実力」を発揮できれば、「世界」は大きく「平和」に向かって前進します。

「似非」とは手を切って動くべき時が来ています。

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[参考]

「反日マスコミ」の真実

数年後に起きていること―日本の「反撃力」が世界を変える・日下 公人(著)

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2006年11月17日

「教育基本法改正」を巡る攻防は「公」と「個」の戦いだ

「国家」と「個家」は違う。

 最近、この違いがわからない「左巻き」や、「左巻きに洗脳された子供たち」の「妄言」が目に付きます。

「公の為の国家」と「個人の為の個家」は違う。「国家」とは「最上位」に「複数形」=「八百万」を抱き、その下に「人」=「個」を置く体制で、「上と下」の「双方」に「民衆の意思」が存在しているものが「国家」です。

「選挙」「言論の自由」「立法権」「評議」「八百万の神々」などの存在はその「社会」が「個」によって「支配」=「私物化」されていない証です。

「個家」とは「最上位」に「単数形」=「個」が「固定化」され、その下に「個人」=「奴隷」を置く体制で、「上」と「下」は「断裂」されている現在の「朝鮮」や、「朝鮮総連」や、「民主党」や、「社民党」のようなを「集団」を「個家」と言います。

「日本人のプロ野球選手は家族よりもチームを優先する」

ということが以前議論の対象となったことがありましたが、「日本人」が「家族」よりも「チーム」を優先すると言うことは、「日本人」が「公の精神」を持ち合わせているからであり、「チーム」を「家族」よりも大きな「大家族」であると考え、「チーム」と一体化していたからです。

「天皇家の屋敷の壁は世界の常識では考えられないほどに低い」

「天皇家の人々は世界の常識では考えられないほど貧しい家に住み、質素な食事をし、職業や、貧富の差を問わず民衆達と和歌を詠んで楽しんでいた」

その他にも、「個人」の「エゴ」で「歴史」を「歪曲・捏造」している「左巻き」によって創作された「殿様や武士は民衆から搾取して贅沢をしていた」という「真っ赤な嘘」も、「当時の食生活の記録」や、「他国の統治者と民衆たちの食生活の違い」と対比してみたならば直ぐにばれてしまうものです。

「調和」や「安定」は「公の中」でしか成立しません。この世の中に「平等」など存在しませんが、唯一「平等」に近づくことが出来るとしたら、「公の下の平等」「自然の中の平等」以外にありえません。

「天皇」「国家」「議会」「国歌」「国旗」「憲法」「会社」「報道」などのあり方を「問題」としなければならないケースは、それらの「公共性」が損なわれた時です。

「公の精神」を持ち合わせていない「個人」や、「共産主義者」や、「軍国主義者」などが、「公共」に介入してきた時は「即座」に「民衆」が力を合わせて「追放」「排除」しなければなりません。

「公」が一旦「金正日」や、「中国共産党」や、「ポル・ポト」や、「村山富一」や、「左巻き」などの「下」に置かれてしまったら、数え切れないほどの「犠牲者」が生み出されてしまうことになります。

「靖国参拝をするな!」「つくる会の教科書を廃止しろ!」「憲法改悪反対!」

狂ったようにそのような主張をしている連中の「権力」を10倍、100倍に増やしたところを想像してみてください。

言葉はいらないと思います。「左巻き」を支持、支援する恐ろしさをよく考える必要があります。

「公」と「個」の関係は「述語」と「主語」の関係でもあります。

「公」と同じく、「述語」を尊重しなければ「調和」や「安定」は生まれません。

「中国」(主語・個)の「戦争は正しい」(述語・公)

「日本」(主語・個)の「戦争は間違っている」(述語・公)

このような考え方を持っている「エゴイスト」が存在する限り、「平和」は絶対に訪れません。

「アメリカ」と「イスラム教徒」の対立も、「人種差別」も、「奴隷」も「個」が生み出したものです。

「公よりも個の方が大切です!」

このような主張をする「エゴイスト」が存在すれば「いじめ」や、「自殺」や、「依存症」や、「虐待」や、「犯罪」などが増加するのです。

「個」が大切なの当たり前です。

それがわかった上でそれぞれが「公」に「個」を差し出し、一体化する。

「国家」や、「国歌」や、「国旗」や、「法律」や、「教科書」などの「公」と、「個」(軍国主義など)を強引に結びつけて考えている「左巻き」の主張がどれだけ恐ろしいものなのか。よく考えなければなりません。

「公」=「人、自然、動物たち、環境、歴史など」は常に「変化」をし続けています。

「憲法」や、「教育基本法」が「個」となり「絶対化」され「固定化」された時、「個」は「公」を縛り、傷つけることになります。

「日本人」は「四季」の中、「地震」や、「台風」の中で、この世の中に「絶対」は存在しないことを知りました。

そのことを忘れてしまった人たちは、「新しい教育基本法もまた時代に合わせて変わること」を理解できていません。

「不必要な自殺」に走ってしまう人たちはそのような「思想」の犠牲者です。彼らは「今の苦しみ」が「永遠」に続くと思い込んでしまっています。

「人間」は「公の生き物」です。だから「他人」や、「相手」や、「環境」や、「体調」や、「天気」や、「歴史」や、「文化」などに触れるたびに「変化」をし続けます。「公」も当然変わり続けます。

「いじめ」られている人たちや、「自殺」を考えている人たちや、「挫折」を感じている人たちに、教えてあげなければならないことはそのようなことです。

これ以上「不必要な犠牲者」を増やさない為にも、「個」に基づいた「憲法」や「教育基本法」は一刻でも早く変えなければなりません。

「自民党」が「個」の為に「教育基本法」を改正しようとしていないことは誰の目から見ても明らかです。「教育基本法」が変わったら、「安倍晋三」や、「安倍家」や、「自民党」の為の「個家」が生まれることなどなく、逆に、「教育基本法」が「改正」されれば、「国民」たちは、「教育」という「公のもの」を「私物化」し続けてきた「左巻き」や「日教組」などの「エゴイスト」「独裁者」から解放されるのです。

「日本は侵略戦争をしました」「キリスト教徒は聖なる存在で、イスラム教徒は悪だ」「中国は正義の戦争を行いました」「アメリカンスタンダードは世界で一番崇高だ」

このような「エゴ」を減らしていく作業こそが「明るい未来」を作ります。

「左巻きマスコミ」や、「民主党」や、「社民党」などの「エゴイスト」の「暴力」を支持せず、屈しない「公の精神を持った国民」が素晴らしい「日本」を作るのです。

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[参考]

「反日マスコミ」の真実

日本を虐げる人々―偽りの歴史で国を売る徒輩を名指しで糺す・渡部 昇一ほか(著)

日本を蝕(むしば)む人々 平成の国賊を名指しで糺す・渡部 昇一ほか(著)

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2006年11月16日

「民主党」と「社民党」のやり方は「金正日」と変わらない

「民主党」「社民党」「朝日新聞」「東京新聞」「自殺予告者」「同和職員」「在日朝鮮・韓国人」「特定アジア人」「フェミニスト」「日教組」。

彼らに「共通」しているのは「弱者を装った、弱者の味方の振りをした暴力が得意だ」ということです。

彼らの「エゴ」で、どれだけたくさんの「本当に助けを必要としている人」たちが犠牲となっているのか、彼らは全くわかっていないのでしょう。

「教育基本法改正」を巡る「野党」や「左巻きマスコミや団体」の「薄汚さ」には本当に反吐が出る思いがします。

自らが「気に入らないこと」があったら「その場」を離れる。「日本」では「職業選択の自由」も「学校選択の自由」もしっかりと「保障」されていますから、「現場放棄」を行うことは自由です。

しかし、「国会議員」は、「学生」や、「サラリーマン」や、「プロ野球選手」などとは違います。どのようなことがあっても「職場放棄」を行ってはいけないのが「国会議員」の務めです。

どんなに辛くても、納得がいかなくても、眠くても、お金が欲しくても、365日24時間、ただただひたすらに「国民」の為に「奉仕」するのが「国会議員」の務めです。

「学校」や、「職場」の「環境」が気に入らないから「登校拒否」「出社拒否」を行った人がいるとする。彼らの「選択」は保障されなければなりません。

ただし、彼らが「私が納得が行かないのだから授業を全面的に停止するべきだ!」「業務を停止して話し合いを行うべきだ!」と主張したのならば、それは「ただのエゴ」であり、認めてはならないものです。

少し前に「運動会を開催したら自殺する」という「予告」があって、運動会が「中止」される事件がありました。

その「予告」を行った人物は、「独裁者」や「テロリスト」と全く変わりません。

今朝の「左巻きのマスコミ」は、「民主党」や「社民党」が「国民の支持を得れば流れは変わる」と報じました。「独裁者」や「テロリスト」を「賞賛」