「83年に比べると、(*93年は)すべてが変わっていた。日本は独自の古い文化の多くを失ったと思う。今の若者の多くは「ほとんどお金にもならないのに、どうしてそんなに必死になって練習しなくてはいけないのか」と言う。あまりにお金のことばかりが重要視されすぎている。今の日本の若者たちは、どうやったら人間的に成長できるかということを理解していないと思うね」(アンディ・フグ)
〜〜〜
「武道家」の故「アンディ・フグ」さんは、初来日を果たしてから、たった10年足らずの間に、「全く別の国」へと変貌していた「日本」(特に若者たち)の姿を見て驚きます。
「日本人自身」はそれほど大きな実感を持っていないでしょうが、「フグ」さんが受けた衝撃は、「江戸」=「純日本」が「破壊」され、「明治」=「西欧化」が猛烈な勢いで進んでいく、「日本」を見た「ラフカディオ・ハーン」の受けた衝撃と、ある種の「失望」に近かったのではないでしょうか。
〜〜〜
「虫の声一つあれば優美で繊細な空想を次々に呼びおこすことが出来る国民から、たしかに私たち西洋人は学ぶべきものがある。機械の分野ではそういった国民の師であることを、全て人工的に醜く変えてしまうことでは教師であることを、私たちは誇ってよいだろう。だが自然を知るということにかけては、大地のよろこびと美とを感じるということにかけては、いにしえのギリシャ人のごとく、日本人は私たちをはるかにしのいでいる。
しかし、西洋人が驚いて後悔しながら自分たちが破壊したものの魅力をわかり始めるのは、今日明日のことではなく、先の見えない猪突猛進的な産業化が日本の人々の楽園を駄目にしてしまったとき、つまり美のかわりに実用的なもの、月並みなもの、品のないもの、全く醜悪なもの、こういったものをいたるところで用いたときのことになるだろう」(ラフカディオ・ハーン)
〜〜〜
「人」は自らが「破壊の内側」にいる時、「いま自分たちが何をやっているのか?」、「いま自分たちの社会に何が起こっているのか?」が見えなくなる「生き物」です。
「坂の上の雲」、「大正デモクラシー」、「GHQ占領統治」、「自虐教育」、「学生運動」、「所得倍増計画」、「日本国改造計画」、「バブル経済」、「阪神大震災」、「地下鉄サリン事件」、「拉致事件」、「歴史認識問題」、「靖国参拝」、「小泉改革」・・・そして、いま進められている「安倍改革」。
「現在」というものは、「過去」と、その時代を生きている人たちが思い描いていた「未来」によって作られるものです。
「国家」も、「伝統」も、「文化」も、「社会」も、「家族」も、「企業」も、「人」も、その時代を生きている人たちが見ていた「過去」と「未来」によって作られるのです。
いま「安倍内閣」は、「過去」の「美しかった日本」(醜い美しさの中の美しさも含めて)と、「未来」の「美しい国」を「心」に思い描きながら「現在」やるべき「改革」を進めています。
「日本国」の「主権者」である「国民」たちは、「安倍内閣」の進めている「改革」を支持するかどうかを、「選挙」=「投票」で決めることが可能です。
その点を見れば、いまの「日本」は、「反安倍」、「反自民」勢力たちが言うような「ファシズム国家」や、「全体主義国家」ではないことは明白です。
「日本人」は、自ら「未来」を選ぶことが出来るのです。
「世界」には、自ら「未来」を選ぶことが出来ない人たちがたくさんいることを考えれば、「日本人」は本当に「恵まれた人たち」です。
しかし、そんな「日本人」にも「悲劇」があります。
いまの「日本人」が「選択」することが出来るのは、
「安倍内閣」=「自民党」に対して「はい」か、「いいえ」しかないということです。
「民主党」も、「共産党」も、「社民党」も、その他の政党も、「日本人」に「確たる未来」(未来像)を提示することが出来ていません(それは、彼らの描く未来を「国民」にしっかりと提示してしまったら「支持」を受けることが出来ない、という事情もありますが)。
「教育基本法改悪反対!」や、「憲法改悪反対!」という行為は、「未来」を描く行為ではなく、「他人の提示した未来を破壊する行為」でしかないのです。
いま「野党」に必要なのは、「国民」たちに「自らの描く未来を提示」して、「自民党」と同じ土俵に立って、「国民」たちの「審判」を受けることです。
「自らの描く未来」よりも、「自民党に反対!」ということを前面に押し出している「野党」は「詐欺集団」と同じです。
「国民」たちに、「未来」を提示できる「政党」が、「自民党」以外にも「日本」に誕生しない限り、「日本」の「明るい未来」はありません。
「日本」の「未来」が明るくなるのか、どうかは、「国民」たちの「未来を描ける人」と、「他人の描いた未来に反対している人」を見分ける目にかかっています。
「国民」たちが「未来を描ける人」と、「他人の描いた未来に反対している人」を、しっかりと見分けられるようになった時が、「日本」から「似非政党」が消え去り、「健全な政治環境」が生れる時なのです。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
[参考]
↑投票よろしくお願いします。

