例えば、サッカー日本代表チームを強くするにはどうすればいいのか、といえば、「素晴らしいサッカー選手」を育成するしかありません。「選手」を育成する為にはどうすればいいのか、といえば、日本人に「サッカー」を始めて貰うしかありません。ではいまの日本に、学校の授業や、休み時間以外に子供たちが、サッカーを行う機会や、場所が十分にあるのか、といえば、かなりの問題があるのではないでしょうか。
次の「写真」を見てください。この写真は「東京都・江東区」の「公園」に立っている「看板」です。
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「サッカー禁止」

「野球禁止」

「野球・サッカーは禁止します」

「野球禁止」

「危険な遊びはやめましょう」
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これはちょっとやりすぎではないでしょうか(税金もかなり使っているでしょうし)。「サッカー」や、「野球」に危険な要素があることは間違いありませんが、だからと言って、「禁止」にしてしまったら、「子供」たちはテレビゲームか、御飯事か、塾通いくらいしかやることが無くなってしまいます(禁止されても、野球や、サッカーをしている子供はいますが)。
「禁止」や、「危険な遊び」と言われたら、「野球」や、「サッカー」をすることは「悪いこと」なのかという気持ちにもなってしまうでしょう。
「子供たち」が、学校や、専門の少年チームに入る以外に、「野球」や、「サッカー」や、「その他のスポーツ」を行う機会も、行う場所も無いことによって失う「可能性」は計り知れないものがありますし、それ以前の問題として、「子供たち」の成長にとって大きな弊害となってしまうでしょう。
以前、学校給食に「箸」を導入しようとしたら、「箸は刺さるから危ない」という抗議があって中止されたという話がありました。
確かに、「箸は刺さるから危ない」と言われれば、その通りですが、それを言っていたら、海にも、川にも行けなくなってしまいますし、「スポーツ競技」自体が出来なくなってしまいます。
80年代半ばから力を持ち出した、「人権屋」や、「プロ市民」や、「サヨク」の悪影響が大きいでしょうが、日本人から「生きがい」や、「可能性」を奪ってしまう、「悪平等社会」や、「競走排除社会」や、「過保護社会」を根本から変えていかなければ、日本は本当に駄目になってしまいます(Jリーグも、増えすぎたJ1チームを減らして、「競走」を厳しくするなどの改革が必要でしょう)。
同時に、「禁止」を教える教育から、「責任」を教える教育への転換も行わなくてはならないでしょう。
日本の公園にある「サッカー禁止」という看板を見ると、「子供たち」がいつでも伸び伸びとサッカーを行える環境がある「ブラジル」に大敗するのも当然かな、という気もしますが・・・。
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[参考]
ワールドクラスになるためのサッカートレーニング・高岡 英夫(著)
サッカー日本代表が世界を制する日―ワールドクラスへのフィジカル4条件・高岡 英夫(著)
スポーツスピード養成SAQトレーニング・日本SAQ協会 (編集)
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あまりスポーツに縁のない国の人も多いので仕方がないと思う一方、こんなことではひ弱な子供を作るだけではないのかと自問自答している次第です。学校側の「訴えられないように」と言う姿勢は理解出来たりもするのですが、何かあると、すぐに文句をつけたがる親達(特に、中国、インド系)には、私自身、少しうんざりぎみです。
学校だけではなく、医者なども同じですが、何でもかんでも「訴える」社会になってしまったら、身動きが取れなくなってしまいますよね。
もう、わんぱく小僧とか、ガキ大将のような、ドラえもんで言えば、ジャイアンのような子供はいなくなって、スネ夫や、のび太ばかりの世の中になっていくのでしょうか。
何だか寂しいですね。
WBCの選手とは同じ世代なのですから、教育云々というより日向小次郎(わかります?)がヒーローになるようにならないと駄目なんじゃないでしょうか。野球マンガではクールな人物というのは主人公の敵役なんですけどねぇ。
もうちょっとがむしゃらで泥臭い選手が見たかったです。このスマートさが日本サッカーの持ち味というのなら、やっぱり泥臭い野球のほうが面白いと思いますね。
それから、悪平等社会の是正には賛成なんですが、それとサッカー(あるいは箸)禁止はあまり関係ない気が・・・
「ハート」の問題は社会全般の問題でしょうが、サッカーの練習は、野球と比べるとかなり落ちますね。王監督もその辺を指摘していましたが、サッカー=人生という人が、野球に比べたら少ない気がします。
それでも第三戦の後は、悔しさが感じられましたが、WBCと比べると少し遅すぎましたね。
「サッカー禁止」は、「悪平等」にではなく(そこもありますが)、「過保護社会」の方により比重を置いて考えていたのですが、
いまは学校の授業で、骨折などだけではなく、少しひどい切り傷などを負っただけで、怒鳴り込む人などがいますから。
社会が「豊」になれば、世界的にバーチャルな方向へ走る傾向があるのでしょうが、それでいいのかな、という気もしますね。
馬鹿な考えも程ほどにして置いてもらいたいものだ。
まあ、『危ない。危ない』と連呼してる奴等の方が危ない!
こいつら、頭がどうかしてるんじゃないのか?
公園の立て札なんざ端から守らないのがデフォなんで、皆さん平気でキャッチボールや玉蹴りをしています…;それはそれでどうかと思うのですが、今回のエントリを読んである程度は図々しくっても良いのかもと思ってしまいました;