(ISMより)
【日本代表メンバー】新生岡田ジャパン、初陣のメンバー発表
JFA(日本サッカー協会)は23日、「キリンチャレンジカップ2008 〜ALL FOR 2010!〜」のチリ戦(26日)とボスニア・ヘルツェゴビナ戦(30日)を戦う日本代表メンバー25人を発表した。
15日から23日にかけて行なわれた日本代表候補トレーニングキャンプのメンバーのなかからGK川口能活、DF中澤佑二、MF遠藤保仁、FW高原直泰らが順当に選出された。また、代表初招集のDF岩政大樹、U-20W杯で躍進を見せたDF内田篤人の鹿島勢もメンバーに名を連ねている。
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「日本代表」
「日の丸」
「君が代」
「日本人」
「サッカー日本代表」の「歴史」には、いま多くの「社会問題」を抱え込んでいる「日本国民」たちが、「問題」を克服し、「明るい未来」を築き上げる為の「ヒント」が溢れています。
最近の「サッカー日本代表チーム」のことしか知らない人たちには、信じられない話かもしれませんが、数十年前の「サッカー日本代表チーム(日本サッカー界)」は、大きな大会でもない限り、注目されることの無い日陰の存在でした。
「選手」たちの「心」も、「日本国民」たちの「心」もバラバラで、「一つ」になっていなかった「サッカー日本代表チーム」・・・・・。
「心を一つ」に出来ない「チーム」が強くなれるわけが無く、「サッカー日本代表チーム」は、ごくわずかな期間を除いて、大きく低迷し続けました。
そんな「チーム」を変え、今日の「サッカー日本代表チーム」の「基礎」を作った「男たち」がいました。
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「日の丸、最高だよ!こんな美しい国旗は、世界中どこを探してもないと思ってる。 日の丸をつけた日本代表チームのユニホームを着て、ピッチの上で君が代を聞く。君が代も最高に美しい国歌だよ。ワタシは日本代表選手として、32回もこんな幸福の瞬間を味わうことができた。ワタシの力で日本をワールドカップに連れて行くことはできなかったけど、日本人になって本当に良かったと思っている。ワタシは最高の幸せ者だ。
以前はなぜか、代表チームのユニホームには日の丸はついていなかった。オフトが監督になったとき、ワタシはキャプテンの哲ちゃん(柱谷哲二)に話したんだ。「ユニホームに日の丸をつけようぜ!」って。そのあとカズ(三浦知良)と井原(正巳)にも話した。都並(敏史)なんかは、日の丸小僧がそのまま大人になったようなタイプだったから、感激してしまって。それで、テツとカズとワタシの3人で、オフトに頼みに行ったんだ。
オフトは、最初はどうでもいいよ、みたいな態度だった。でも、話を聞くうちにワタシたちの熱い思いを感じてくれたんだと思う。協会に掛け合ってくれて、日本代表のユニホームに日の丸がつくようになった。日の丸をつける話が持ち上がったときから、オフト・ジャパンには、「よし、やってやろう!」っていう熱いハートがあった。それがオフトや協会を動かしたんだと思っている」(ラモス瑠偉)
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「ラモス瑠偉」
「柱谷哲二」
「井原正巳」
「都並敏史」
「三浦知良」
「日本のすべてのサッカー選手」と、「サッカーを愛する国民たち」、そして「日本を愛する国民たち」は、彼らの「名前」を語り継いでいかなくてはなりません。
彼ら以前にも、「日本」には「素晴らしいサッカー選手」たちはたくさんいました。けれど「本当のサッカー日本代表チーム」が誕生したのは、彼ら以降なのです。
たった一人の、たった数人の「サッカー選手」、「本当の日本人」の、
>「よし、やってやろう!」っていう熱いハート
が「日本サッカー界」と「日本」を変えたのです。
「スポーツの日本代表チーム」と「国」は同じです。いまの「日本」には、「サッカー日本代表チーム」が歩んできた道とは全く逆の方向へと、「日本」を導こうとしている人たちが溢れかえっています。
「日本を愛していない外人」たちや、「日本人にはなろうとしないのに、日本のことに口を出し、権利を要求する外人」たちを「日本国の一員」とし、「日の丸」や、「君が代」や、それを生み出し、育んで来た「日本文化」や、「日本の歴史」を否定することが、「日本」を成長させるのか、素晴らしい国にするのか、そして「国民」たちに「幸せ」を齎すのか?
「国民」たちは「サッカー日本代表の歴史」から、「学ぶ」必要があります。
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〔参考〕
魂 HEART―2002・日本代表への最後のエール・ラモス 瑠偉(著)
ラモスの黙示録・ラモス 瑠偉(著)
都並流 勝つためのサッカー・都並 敏史 (著)
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